• Nintendo Switchの抽選販売に行くが外れる・・・。ヨドバシカメラで予約を再開していたので大人しく予約する。
  • 美登里寿司の回転寿司店である「回し寿司 活」で寿司を食べ過ぎる。確かにおいしい。
  • 久々に休日らしい休日だった気がする。
  • きょうの犬うんち:ふつう
  • きょうの歩いた距離:9.4km
  • 詳細は省くがいろいろ遣ること為すこと裏目に出る日で結構落ち込む。
  • バランス調整自体はぼちぼちといったところ。
  • とりあえず三連休なのでここで立て直したい。
  • きょうの犬うんち:ふつう
  • きょうの歩いた距離:5.2km
  • 久しぶりに朝、お犬様(白)の散歩に行く。
  • 出勤途中、横浜で寄り道してNintendo Switchを探しに行くが空振り。
  • 久しぶりに長めの時間が取れたので未来について想いをはせる。
  • 安定化作戦を進める。果たして。大切なのは抑制と自律である。
  • きょうの犬うんち:ふつう
  • きょうの歩いた距離:8.7km

コミュニケーションとは演技である。

というと語弊があるかも知れないが、概ね間違っていないと思う。少なくとも誠意のある丁寧なコミュニケーションの大半は演技である。但し、そこに悪意はない。むしろ優しさが詰まっている。演技という言葉が誤解を与えているかも知れないが、相手を思う気持ちがあり、相手に何を伝えたいか、相手をどこまで理解したいか、そのためにどう振る舞えばよいか、それを突き詰めていった先で行われるコミュニケーションは、最高難易度の演技である。ベストパフォーマンスをしなければならない。ここでいう演技は嘘やいい加減な芝居ではなく、真剣そのものの演技だ。先ほど、優しさが詰まっている、と書いたが、場合によっては、安定や妥協の類いかも知れない。妥協というとまた印象が悪いが、自分の都合ばかりを主張していたら、まったく優しくないし、安定もしない。妥協というのはコミュニケーション、つまり、自分と他者との関係性において、必要不可欠な要素といえる。妥協のないコミュニケーションは、明確な主従関係であり、支配である。支配については思うことがあるが、また別の機会に譲る。大切なのは妥協するタイミングと内容で、妥協をしなければ早晩その関係は破綻するだろうし、妥協ばかりしていてもまた同様ではないだろうか。閑話休題。両者が互いに最高の演技をしているのだとしたら、それはきっと最高の状態だと思われる。幸福な瞬間であろう。そもそも最高の演技をしようと思ったら、真剣でなければ成立し得ない。頭も体も使うのだ。真剣に臨まなければ失敗する。だから、たいていのコミュニケーションはうまく行かない。行き違いが起きる。演技が中途半端なのだ。だいたい人間がふたりいれば、主義主張や好き嫌いなどは全然違うのだから、本心でぶつかり合ったらうまく行かないに決まっている。大切な相手と大切なコミュニケーションをするのであれば、演技することを悪しきことと捉えず、真剣に演技しよう。

  • 一回休み。
  • 新しい可能性がひとつ。古い可能性における打開策がまたひとつ。
  • きょうの犬うんち:散歩なし
  • きょうの歩いた距離:8.4km
  • 久しぶりに汐留へ出向いて話をする。さて。
  • 正直いろいろあって疲れていたのだけれど、夜に同年代と飲みながら話す。こういう積み重ねは大切だと思う。
  • どうにも方針が定まらないままに動いている。試行錯誤というと聞き心地がよいが行き当たりばったりというのが適当である。自制せよ。
  • きょうの犬うんち:記録なし
  • きょうの歩いた距離:7.8km
  • どうにもバイオリズムが安定しない。
  • 考えることはたくさんあってそれはそれで大変だけれどむしろその方が安定するような気もする。
  • 喉の調子が落ち着いてきたと思ったらまた話しすぎて悪化傾向。
  • きょうの犬うんち:記録なし
  • きょうの歩いた距離:7.4km

頭が良いとはどういう状態か。

想像するに、記憶する能力と把握する能力ではないかと思う。このうち前者の記憶する能力については、努力や工夫で何とかなるのでさほど問題ではない。例えば、記憶力に不安があるのであれば、参照可能な外部メモリに情報を貯めておけばよい。要はカンニングペーパーを作ればよいのだ。試験はともかくとして、社会活動においてカンニングペーパーが不正扱いされるケースは希で、むしろ、そういった工夫をしないことの方が問題である。怠惰なのかそれすら思いつかない知能に問題があるか。なので頭の良さにおける課題は、後者の把握する能力になると思われる。では、把握する力とは何か。思うに、これは想像力と置き換えられる。どこまで想像できるのか。たいていのモノゴトは全容が見えない。見えるのは一部のみである。そこから類推して、想像して、なんとか全容を掴もうとする。これは簡単な作業ではない。根気のいる作業である。なので、多くの場合、この面倒な作業を嫌って雑な作業になり、結果、状況を正しく認識できず、誤った判断を下すことになる。厄介なのはこちらについてはカンニングペーパーのような特効薬がないことで、強いて言えば地道に想像する手間暇を掛けることしかない。把握する力が弱いと、一定の確率で誤った判断を下し続けることになる。把握できても判断する力がなければ意味はないのではないか?という疑問に対しては、把握さえできていれば判断は容易である、と回答しておこう。正しく判断できないのは正しく認識できていないからである。さて、正しい判断の行く先が幸福だとするなら、誤った判断の行き先は不幸である。頭の良し悪しは幸福と不幸の分かれ道とも言える。これを冷酷と見るか、適切と見るかでも把握する力が試されている。継続的に幸福になりたければ頭を良くする努力を続けるしかない。但し、その努力が実るかどうかというと、そんなに甘くない、という冷徹な事実が横たわる。

  • 2週間くらい前から準備していた某仕事のひとつがいったん完了。結果待ち。
  • 1月から計画していた件について回答あり。詳細不明ながら結論としては杞憂だったということか。本当にそうであるならこれはとても喜ばしいこと。それに伴う諸般の問題はあるかも知れないが、ここに救いがなくてどこに救いがあるというのか。
  • ちょっと気が抜けたというか、どうにも定まらない。どうにでもなーれ♪な気分。
  • きょうの犬うんち:ふつう
  • きょうの歩いた距離:10.8km
  • 某件の対応に関して予想外の反応があり戸惑う。そうかそう来るのか。これだから人生は難しいし面白い。でも疲れる。
  • 外出したついでにNintendo Switchを探すがさすがに見当たらない。やはりキチンと予約しておくべきだったか。でもあの頃はそれどころではなかったからなあ。
  • ひとつ新しいアプローチを試みる。とくに期待はない。
  • 1月から計画していた件について回答あり。詳細不明ながら結論としては杞憂だったということか。本当にそうであるならこれはとても喜ばしいこと。それに伴う諸般の問題はあるかも知れないが、ここに救いがなくてどこに救いがあるというのか。
  • きょうの犬うんち:ふつう
  • きょうの歩いた距離:9.5km